「憲法と租税法」の関係について議論することとなった訴訟
昭和41年:D大学の教授X氏が、昭和39年分の給与所得に対する税務署の賦課決定処分に対し、訴えを提起。
昭和49年:京都地方裁判所、請求を棄却
昭和54年:大阪高等裁判書、控訴を棄却
昭和60年:最高裁判所、原審判決を指示
⇒ 20年近く、課税の公平性について、憲法を絡めて争われた。
1. 事実と概要
1.1. 賦課決定処分の内容
D大学の教授Xの昭和39年の収入金額として、170万円余の給与収入と5万円余の雑収入があった。
(参考情報)昭和39年の民間企業に勤めるサラリーマンの平均給与は、およそ41万円(※「参考資料1」参照)。
給与所得者であっても、給与収入が一定の金額以上である場合は、確定申告が必要(旧所得税法)。
Xは、その義務があったが、履行せず。
所轄税務署長Yは、納付すべき税額5万円余と無申告加算税5,700円の賦課決定処分をなした。
1.2. Xは処分の取消しを求めて出訴
(Xの主張)
旧所得税法における給与所得に対する課税は、憲法14条1項に違反している。
⇒したがって、本件処分は違法。
1.3. 憲法14条1項とは?
すべて国民は、法の下に平等であつて、
人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、
政治的、経済的又は社会的関係において、
差別されない。
⇒すなわち、原告Xは、以下を主張している。
旧所得税法における「給与所得に対する課税」は、国民を平等に扱っていない。
1.4. 原告Xの主張の具体的な内容
給与所得者は、その他の所得者に比べて、合理的理由なしに重く課税され、不公平な取扱いを受けている。
(1)所得税法が事業所得には必要経費の控除を認めているが、給与所得は一定額の控除しか認められていない。
⇒実際の経費が、その一定額を超えた場合、不公平。
(2)給与所得の捕捉率が、事業所得より高いので不公平。
(3)事業所得等について、合理的な理由のない特別措置があり、不公平。
2. 判決
昭和49年:京都地方裁判所、請求を棄却
いずれの点についても、Xの主張を排斥し、請求を棄却。
昭和54年:大阪高等裁判書、控訴を棄却
適正職業費が給与所得控除額を超えていれば、国に対してその超過部分について非課税を求められる。
しかし、超えていると認められないため、控訴を棄却。
昭和60年:最高裁判所、原審判決を指示
憲法14条1項に違反していない。
原審判決の結論を指示。
3. 判旨
3.1. 主張(1)について
確かに、事業所得は実額控除、給与所得は概算控除(一定額の控除)をそれぞれ認めていて、事業所得者と給与所得者は、区別されている。
上記は、憲法14条1項の規定に違反している?
14条1項は、差別を禁止する主旨であって、絶対的な平等を保障したものではない。
国民各自の差異はあり、それに応じて法的扱いを区別することは、合理性があれば、憲法に反しない。
憲法には、以下の定めもある。
国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。(30条)
あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。(84条)
⇒つまり、憲法自体は、課税要件及び租税の賦課徴収の手続きは、法律の定めにゆだねている。
⇒すなわち、著しく不合理であることが明らかでない限り、憲法に違反するということにはできない。
また、給与所得者が勤務上必要な費用は、使用者が負担するのが、通例。
給与所得者が費用を支出する場合においては、「必要経費」と「家事上の経費」を明瞭に区分することが一般的に困難。
⇒徴収費用の増加、租税負担の不公平をもたらす
⇒租税の徴収を確実・的確かつ効率的に実現するために、概算控除は正当性を持つ。
給与所得控除の額が相当性を有するか?
必要経費は、一般に使用者が負担。
交通費等の職務に関わる金銭の給付やその他の現物給付などは、おおむね非課税。
⇒原告の資料から、上記以外に負担した費用が給与所得控除額を超えているとは考えがたい。
⇒旧所得税法における、給与所得者と事業所得者の区別は、合理的なものであり、憲法14条1項に違反しない。
3.2. 主張(2)について
給与所得の捕捉率が、事業所得より高いことについては、税務行政の適正な執行により是正されるべき性質のもの。
捕捉率の較差が正義衡平の観念に反するほど著しく、長年にわたり恒常的に存在しているとは認められない。
⇒捕捉率の較差によって、旧所得税法が、憲法14条1項に違反しているとは言えない。
3.3. 主張(3)について
事業所得等について、合理的な理由のない特別措置があるということについては、もしそうであっても、その特別措置を是正するべき問題。
⇒事業所得等について、合理的な理由のない特別措置があるということ、旧所得税法が、憲法14条1項に違反しているとは言えない。
4. まとめ
原告Xは、「給与所得者は、その他の所得者に比べて、合理的理由なしに重く課税され、不公平な取扱いを受け、旧所得税法は、憲法14条1項に違反している」と主張した。
(1)(原告)事業所得は必要経費の控除を認めているが、給与所得は一定額の控除のみ。
⇒(判旨)給与所得者と事業所得者の区別は、合理的なものであり、かつ、負担した費用が給与所得控除額を超えていると考えがたく、違反しない。
(2)(原告)給与所得の捕捉率が、事業所得より高い。
⇒(判旨)税務行政の適正な執行により是正されるべきであり、違反しない。
(3)(原告)事業所得等について、合理的な理由のない特別措置がある。
⇒(判旨)その特別措置を是正するべきものであるため、違反しない。
5. 本訴訟が与えた影響
サラリーマンの重税感、不公平感
租税立法に対する違憲審査の基準
租税法律主義
租税公平主義と給与所得課税
6. 私の感想
以下を痛感
・各概念の厳密な定義の難しさ
→ 平等(公平)、必要経費
・課税において考えるべき要素間のバランスの難しさ
→ 納税者間の公平性
→ 所得計算上の厳密性
→ 行政上の効率性
(参考資料1)昭和39年の平均給与
民間給与実態統計調査結果|長期時系列データ|国税庁
https://www.nta.go.jp/kohyo/tokei/kokuzeicho/jikeiretsu/01_02.htm
2−2 企業規模別給与所得者数・平均給与(m02.xls,シート「2−2」)

