1. まえがき
このページは、固定資産税名義人課税主義事件(最大判昭和30年3月23日)をふまえ、「租税法律主義の意義と機能」について検討するものである。
2. 事実の概要
(1) 相関関係
① X (個人、原告・控訴人・上告人)
② A社 (訴外)
③ Y (大阪市北区長、被告・被控訴人・被上告人)
(2) 事件内容
① 昭和26年2月5日
Xが、大阪市北区に保有していた土地(以下、「本件土地」という)を訴外A社に譲渡。
② 昭和26年2月10日
本件土地の移転登記を完了
③ 昭和26年6月1日[1]
北区長Yが、本件土地の昭和26年分の固定資産税をXに賦課(以下、「本件賦課処分」という)し、請求。Xは、昭和26年第2期、3期分の固定資産税を納付。
④ 昭和26年12月10日[1]
北区長Yが、本件土地の昭和26年第4期分の固定資産税をXに請求。
⑤ Xが、本件について提訴。
(3) Xの主張
以下の理由により、本件賦課処分は取消されるべきである。
① 固定資産税は、その現在の所有者に課されるべきもの
② 4月以後を納期とする昭和26年度固定資産税は、同年2月に所有権を喪失したXに課せられるべきものではない
③ 2期、3期に納付した分も返還されるべき[1]
(4) Yの主張
本件賦課処分は、以下の法律に基づいているため、正当である。
① 固定資産税は、その年の1月1日を賦課期日として固定資産の所有者に課する(地方税法343条1項、359条)
② 所有者とは土地については土地台帳もしくは土地補充課税台帳に所有者として登録されている者をいう(地方税法343条2項)
(5) 争点
争点は、「法律の解釈」と「法律の合憲性」について(事実認定については、争いなし)。具体的には、以下。
① 誰が固定資産の所有者として納税義務者となるか。すなわち、2〜4期分もXが負担すべきか否か。(以下、「争点①」という)[1]
② 固定資産税の取扱いは、憲法の基本的人権の尊重の規定(憲法11条)等に違反するか否か(以下、「争点②」という)[2]
(6) 争訟の経緯
① 一審 (大阪地判、昭和27年11月14日)
X敗訴(詳細は、表1参照)。
② 控訴審 (大阪高判、昭和28年4月20日)
X敗訴(詳細は、表2参照)。
③ 最高裁 (昭和30年3月23日)
X敗訴(詳細は、表3と次節を参照)。
【表1:争点整理(一審) [1]】
| 争点 | 納税者X | 課税庁Y | 裁判官 |
|---|---|---|---|
| 争点① |
a. 固定資産税はその所有者に課すべきもの(地方税法343条)。
b. 旧地方税法では、344条以下において、その使用者に対し固定資産税を課する場合は、使用の月割りに従って課税することとしているので、通常の固定資産税も、そのような例外的対応も認められるべき。 c. 担税力の少ないものに課税することは、課税者たる地方団体の利益も害することになる。 |
d. 固定資産税の賦課に違法又は錯誤がある場合には、徴税令書の交付を受けた日から30日以内に市町村長へ異議申し立てができるが、最初に通知した6月1日から7ヶ月程経過している。 |
a-b. 法律上、当該年度の1月1日を賦課期日とし、その日の所有者が納税義務を負担することになっている(地方税法343条1、2項、359条)。
e. 固定資産税の納期は、納税者の便宜を考えたもので、固定資産税を期税とする趣旨のものではない。 |
【表2:争点整理(控訴審) [2]】
| 争点 | 納税者X | 課税庁Y | 裁判官 |
|---|---|---|---|
| 争点① | a-c. 一審と同一 |
d. 一審と同一。 |
a-b. 法律上、当該年度の1月1日を賦課期日とし、その日の所有者が納税義務を負担すると解するのが相当(地方税法343条、359条)。
c. 上記のように解すれば、不公平は避け難いところではあるが、徴税の簡便を計り、税収入の確保と徴税費用の節税を期することが公共の福祉に適合する。 d. 4期分の徴税令書は、1年分の税額を本算定して清算するものであることから、新たな賦課処分があったものと見るべき(被控訴人の主張は採用できない)。 |
| 争点② | a. 地方税法359条が固定資産税の賦課期日後において、課税物件たる土地の所有権を失っても、その年分の固定資産税の全額の納付義務を免れ得ない趣旨を規定したものとすれば、それは、憲法の基本的人権の規定に違反する。 |
a. 憲法上の基本的人権、財産権不可侵の原則もまた、公共の福祉のためにある程度制約は免れない。
b. 固定資産の所有者は、このような取扱いを見越し、その対価を定めることができるため、憲法違反とは言い得ない。 |
【表3:争点整理(最高裁) [3]】
| 争点 | 納税者X | 課税庁Y | 裁判官 |
|---|---|---|---|
| 争点① | a-b. 法律上、当該年度の 1月1日を賦課期日とし、その日の所有者が納税義務を負担すると定められている(地方税法343条、359条)。 | ||
| 争点② | a. 控訴審判決は、憲法11、12、14、29、30、65条に違反。 |
a. 固定資産税は、課税の便宜のために形式的な標準を採用していることがうかがわれる。
b. 租税は、日本国憲法(憲法30、84条)に従って、創設、改廃され、納税義務者、課税標準、徴税の手続きが定められているため、違憲ではない。 c. 原審の「公共の福祉による制約」の説明は、妥当を欠くきらいがないではないが結論は同じ。 |
3. 判旨の詳細 (最高裁)
判旨の詳細として、以下。
(1) その年の1月1日に所有者として登録されていれば、それだけで固定資産税の納税義務者として法律上確定される(地方税法343条、359条)
① したがって、4月1日に始まるその年度における納期において土地所有権を有する者であると否とにかかわらず、同年度内は納税義務者にかわりがない
② これは、固定資産税の納税義務者の決定に「課税の便宜のための形式的な標準」を採用していることがうかがわれる
(2) おもうに、民主政治の下では国民は国会におけるその代表者を通して、自ら国費を負担することが根本原則であり、国民はその総意を反映する租税立法に基づいて自主的に納税の義務を負うものとされ(憲法30条)、その反面においてあらたに租税を課し又は現行の租税を変更するには法律又は法律の定める条件によることが必要とされている (憲法84条)
① したがって、日本国憲法の下では、租税の創設・改廃だけでなく、「納税義務者」、「課税標準」、「徴税の手続き」の定めは、全て前示のとおり法律に基づいて定められなければならず、これらの定めは、法律に基づいて定めるところに委せられていると解すべき
② したがって、地方税法が地租を廃して、土地の固定資産税を設け、そして所有権の変動が頻繁でない土地の性格を考慮し、主として徴税の便宜に着眼してその賦課期日を定めることとしても、その当否は立法の過程において審議決定されるところに一任されているものと解すべき
③ したがって、1月1日現在において土地所有者として登録されている者を納税義務者と確定し、その年度における納期において所有権を有する者であると否とを問わないこととした地方税法343条、359条の規定は憲法30条、84条に適合して定められていること明であって、所論は結局独自の立法論にすぎない
4. 本判決に対する意見
(1) 判決に賛成
① 正しい手順によって定められた法律は、原則として、国民の意思が反映されたものであり、よほどの事情(憲法に違反しているなど)がないかぎり、個別の納税者の事情で、その取扱いを変えることは、法的安定性を損ね、行政の負担を極めて重くし、かつ、場合によっては、課税の公平を損ねることになりえないと考えられるため、否定することはできないものと考えられる。そして、本件は、憲法に違反しているなど、よほどの事情は認められないものと考えられる。
(2) ただし、1月1日の所有者に課税される本制度に、税法に詳しくない納税者が不満を感じることは理解できる。
① なぜならば、一般に、課税は各納税者の担税力に応じてなされるものと理解されていると考えられ、課税の便宜のために、実質的に担税力を持たない期間についても課税されることに対し、納税者が不満を感じる場合があることは当然であると考えられるため
② すなわち、納税者の感情を考えると、理想を言えば、課税は各納税者の担税力に応じて行われるべきであると考えられる
③ しかし、徴収コストとのバランスを考えると現行制度を維持せざるを得ないと考えられる
④ しかし、徴収コストを増加させずに、より担税力に応じた課税が行われるような租税制度が実現できれば、より納税者に理解が得られる制度になると考えられる
5. 事案の検討
以下、参考資料[4]『ケースブック租税法』の「Notes & Questions」に記載されている事項について検討する。
(1) 本判決の意義
① 本判決は、憲法30条および84条の規範的意味が、「租税法律主義」を明定することにあることを明らかにした
a. 意義無し。本判決は、租税は、「法律に則って定められるもの」とし、そのようにして定められたものは、原則として、有効であるとした意義があると考えられる。
② 本判決は、「課税要件」と「租税の徴収の手続」といった租税制度の構成について広い立法裁量を認めた
a. 意義無し。
(2) 名義人課税主義の意義
本件判決は、直接には、固定資産税の名義人課税主義、すなわち各年の1月1日の登記名義人をもって固定資産税の納税義務者たる所有者とする旨を定める地方税法343条1項、2項、359条の合憲性に関する先例である。
① 本件判決は、名義人課税主義の根拠として、「徴税の便宜」をあげているが、名義人課税主義がなぜ徴税の便宜に合致するのか
a. 名義人課税主義を採用することによって、課税する行政側は、その年の1月1日の所有者となっている名義人を把握し課税すればよく、年内の名義人の変更や、実質的な所有者を調査しなくて良いため、実質を重視する方法に比べ、名義人課税主義は、「徴税の便宜」が図られる課税方法となっていると考えられる
② 名義人課税主義をとると、どのような問題が生ずるか。それは、取引当事者がどのような注意をすれば避けることができるか
a. 実質的に経済的利益の供与を受けない者(担税力が減少した者)が、その事情を考慮されずに納税義務を負担せざるをえない問題がある
b. 対象となる資産の売買契約時に、売り手が負担する固定資産税を考慮して、売買価格(譲渡対価の額)を決定すれば、上記a.の問題は避けることができる
③ 本件において、Xは、Aに対して、自分の納付した固定資産税相当額の不当利益の返還を求めることができるであろうか
a. 民法等の法律に詳しくないため、推測ではあるが、XとAの間で交わされた譲渡契約に、固定資産税の取扱いについて、なんの記載もない場合は、返還を求めることができるものと考えられる。
(イ) なぜならば、最高裁判決(昭和47年1月25日)において、本来の所有者であるY’の固定資産税をX’が負担していたとして、その不当利得(民法703条参照)をY’がX’へ返還すべきとの判決がでている[5][6][7]。
(ロ) 上記(イ)の判決を本件にあてはめると、課税庁Yの賦課処分は正当であっても、訴外Aが得た利得は、民法の規定「法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。(民法703条)」にしたがって、返還義務が生ずるものと考えられる[8][9][10]。
b. さらに、XとAの間で交わされた譲渡契約に、固定資産税の取扱いについての記載がある場合は、推測ではあるが、契約の内容次第で取扱いが異なるものと考えられる
(イ) 例えば、契約内容に「譲渡する年の固定資産税を売り手が負担する」旨が記載されている場合は、もちろん、返還を請求することはできないと考えられる
(ロ) しかし、契約内容に「譲渡する年の固定資産税を買い手が負担する」旨が記載されている場合は、おそらく、売り手が支払った金額を買い手に請求することができると考えられる
(ハ) ただし、上記(ロ)の場合に、契約書内に矛盾点がある場合や、お互いの契約の過程で誤った情報の下で合意がされた証拠が示された場合は、民法95条の錯誤無効に当てはまり契約自体が無効となる可能性があるかもしれない(例えば、売り手が固定資産税を負担すると契約書に明記した上、買い手が固定資産税の納税義務者となるとの思い込みから、売買代金から固定資産税に相当する額を値引きした金額を売買価格としていた場合など)。この場合は、おそらく、固定資産税の取扱いに関する部分が錯誤無効と判断される場合は、固定資産税についての契約がないため、その不当利益の返還が請求できるものと考えられ、譲渡契約全体が錯誤無効とされる場合は、おそらく、そもそも譲渡がなかったものとなるため、売り手と買い手の間に新たに、固定資産税の取扱いを考慮した契約が締結され直すことになるものと考えられる(締結に至らなかった場合は、おそらく、固定資産が売り手へ再度移転登記され、その間に売り手が得られたと考えられる経済的利益と両者の損害を精算するに留まり、固定資産税に係る不当利益の論点は生じないものと考えられる)。
6. 参考資料
[1] 大阪地方裁判所・昭和27年11月14日判決/昭和27年(行)1号 (D1-Low.com 第一法規法情報総合データベース)
[2] 大阪高等裁判所・昭和28年4月20日判決/昭和27年(ネ)1122号 (D1-Low.com 第一法規法情報総合データベース)
[3] 最高裁判所・昭和30年3月23日判決/昭和28年(オ)616号 (D1-Low.com 第一法規法情報総合データベース)
[4] 金子宏・佐藤英明・増井良啓・渋谷雅弘「ケースブック租税法〔第4版〕」(弘文堂、2013)42頁
[5] 東京地方裁判所・昭和46年2月18日判決/昭和43年(ワ)892号 (D1-Low.com 第一法規法情報総合データベース)
[6] 東京高等裁判所・昭和46年5月21日判決/昭和46年(ネ)598号 (D1-Low.com 第一法規法情報総合データベース)
[7] 最高裁判所・昭和47年1月25日判決/昭和46年(オ)766号 (D1-Low.com 第一法規法情報総合データベース)
[8] 山田二郎「租税判例百選<第2版>[別冊ジュリスト79]」(有斐閣、1983)10頁
[9] 平川英子「租税判例百選<第5版>[別冊ジュリスト207]」(有斐閣、2011)170頁
[10] 金子宏「租税法[第21版]」(弘文堂、2016) 665頁
以上

